東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)199号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願特定発明の要旨並びに本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告がその取消事由として主張するところは、以下説示するとおり、理由がないものというべきである。
前認定の本願特定発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の当初明細書及び図面)ないし甲第六号証(甲第三号証ないし第六号証はいずれも手続補正書)を総合すると、本願特定発明は、パイプ製造のため鋼板を円筒形に圧延する方法に関するもので、従来の方法と異なり、「単純且つ効果的な方法で鋼板の圧延を行ない、そのままの状態で溶接に適した真の円筒形に極めて近い円筒形物品を得ること」(昭和五九年一〇月一五日付手続補正書第一頁第一〇行ないし第一一行)を目的として、本願特定発明の要旨(本願発明の特許請求の範囲1に同じ。)のとおりの方法によりその目的を達成したものであり、その特徴は、鋼板の先行部と後行部とに半円筒形を形成するに際し、スプリングバツクの現象を考慮に入れながら、マンドレルを180°を越えて回転せしめて(「180°を越えて回動する度合は被圧延材の復元力に左右されるが、予め定められた溶接開先(ギヤツプ)が得られるように予め設定することができ」る。同手続補正書第三頁第一一行ないし第一四行)、上記の半円筒形を形成し、次いでマンドレルと圧力手段との相対的上下方向位置を調整してマンドレルによる把持を解放して鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもどし、両半円筒形の間に所定の溶接開先を形成し、そのままの状態で、すなわち、「復元状態で直ちに溶接可能となり、従来技術の如く溶接に際して再度曲げ加工等を施すこと」なく(同手続補正書第三頁第一四行ないし第一六行)、かつ、溶接のために他の位置に搬送する工程を省略して成形位置に置いたままで溶接し得るようにしたところにあるものと認められる。
ところで、第一引用例及び第二引用例に本件審決認定のとおりの記載内容(第二引用例の記載内容のうち、下記の誤りとする記載部分を除く。)があること、並びに本願特定発明と各引用例との間に本件審決認定の(1)及び(2)の相違点があることは、原告の認めるところ、原告は、本願特定発明の構成要件のうち、特徴的構成要件である「両半円筒形の間に所定の溶接開先を形成し、そのままの状態で溶接に適した円筒体を得る」点が、第二引用例に記載されているとした本件審決の認定判断が誤りである旨主張するので、この点について検討するに、成立に争いのない甲第八号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、ロール型ベンデイングプレスの発明に係る特許公報であるところ、その発明の詳細な説明の項には、「管体を溶接装置の方に搬送し、同装置により管体の前後両縁端の開先を溶接して完全な筒体とする。」(第五頁第九欄第一五行ないし第一七行)との記載があり、また、管の厚さが比較的肉厚であるとき、あるいは管の長さが比較的長尺であるときには、更に加圧して第11図(F)に示された管体を得るが(第五頁第九欄第一九行ないし第一〇欄第四行)、管の厚さが比較的薄肉であるとき、あるいは管の長さが短小の場合にはロールと押圧金型体とによる成形工程によつて、そのまま溶接に適した溶接開先が得られ、c字状管を更に加圧する必要のない趣旨の記載(第四頁第七欄第三四行ないし第八欄第一四行)のあることが認められ、これらの記載によると、第二引用例記載のロール型ベンデイングプレスにおいても少なくとも、管の厚さが薄肉であるものや管の長さが短小であるものについては、溶接装置に搬送される前のロールと押圧金型による成形工程(第11図(A)ないし第11図(C)参照)によつて、そのままの状態で、すなわち、更に加圧を施すことなしに溶接に適した「溶接開先」が形成されるものであることは明らかである。なお、第二引用例記載のものにおいては、管体を成形位置から溶接位置に搬送した後に溶接するものであることは前認定のとおりであるが、成形後の管体の溶接を成形位置で行うか、あるいは別の所に搬送して行うかは、製造工程の都合に応じて任意に選択できる設計事項にすぎないものというべきであるから、本件審決がこの点をあえて相違点として認定指摘しなかつたことをもつて誤りとみることはできない。この点に関し、原告は、本願特定発明における「鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもど」す構成をも取り込んで主張し、このような方法によつて、両半円筒形の間にそのままの状態で溶接に適した「溶接開先」を形成することは第二引用例に記載されていない旨主張するが、「鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもど」す構成要件については、本件審決は、第二引用例を引用したものではなく、相違点(1)及び(2)に関し、スプリングバツク現象の利用と関連させて慣用手段にすぎないものと認定判断しているところであり、本件審決のこのような認定判断の手法をもつて誤りとすることはできないから、この点の原告の主張は、採用の限りでない。
次に、原告は、本願特定発明の構成要件のうち、(1)「マンドレルを180°を越えて回転せしめて上記半円筒形を成形」すること、及び(2)「次いでマンドレルと圧力手段との相対的上下方向位置を調整してマンドレルによる把持を解放して鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもど」すこと、の二点の相違点について、金属材料の塑性加工においてあらかじめスプリングバツクを考慮して設計するという慣用手段に基づいて容易に想到できるものと判断したのは誤りである旨主張するから、この点について検討するに、前掲甲第八号証(第二引用例)の発明の詳細な説明の項中の「スライド14は、液圧ブースタシリンダ15、16……及び液圧引戻しシリンダ17、18により上下動され、また曲げ加工時には液圧主シリンダ9、10、11により強力に上動される。同スライド14上には、側断面で凹曲面状の上面を有しかつ左右方向に伸びる棒状の押圧金型19が載設されている。」(第二頁第四欄第二六行ないし第三二行)の記載や実施例としての第11図(A)及び第11図(B)の図示並びに右図についての説明記載(前認定の第四頁第七欄第三四行ないし第八欄第一四行)からも明らかなように、第二引用例記載の管体の曲げ加工方法においても、本願特定発明におけるマンドレルに相当するロールと圧力手段に相当する押圧金型との相対的上下方向位置が調整されているように、マンドレルと圧力手段を用いた円筒形物品の圧延工法においては、マンドレルと圧力手段との相対的上下方向位置を調整することが必要なことは、技術的に明らかなことであり、また、スプリングバツクの利用に関しても、成立に争いのない乙第二号証の一ないし四(昭和三四年五月一〇日丸善株式会社発行の「プレス便覧」(塑性加工研究会プレス便覧編集委員会編)第二〇六頁ないし第二〇九頁中第二〇八頁に、「スプリングバツクの防止には軟らかい材料ではロール圧力を高くすればよい。強い材料ではロールすきまの変化を最小にするのがよいが、遊びロールを用いてオーバーベントするのがよい。」との記載があるように金属板の曲げ工法の技術分野においても、スプリングバツクの利用、すなわち、金属板の弾力性のために原形状方向に戻る度合いを考慮して、いつたん所望形状を越えて若干過度に曲げ加工をし、これを復元して最終的に所望の形状を得る技術の利用は広く慣用されているところであるから、本件審決が、本願特定発明の「マンドレルを180°を越えて回転せしめて上記半円筒形を成形し、次いでマンドレルと圧力手段との相対的上下方向位置を調整してマンドレルによる把持を解放して鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもど」す構成要件について、金属材料の塑性加工においてあらかじめスプリングバツクを考慮して設計するという慣用手段に基づいて容易に想到し得るものと認定判断した点には何ら誤りはない。本願特定発明においても、前認定のようにその明細書の発明の詳細な説明の項に「180°を越えて回動する度合は被圧延材の復元力に左右されるが、予め定められた溶接開先(ギヤツプ)が得られるように予め設定することができ」るとの記載や本願特定発明の要旨に徴して、前記認定判断したとおり、広く慣用されている右のようなスプリングバツクの現象を利用することを考慮に入れて前記構成要件(本件審決認定の(1)及び(2)の相違点)を規定したものと認められるから、この点の原告の主張は採用することができない。
そうすると、本願特定発明は、第一引用例及び第二引用例並びに慣用技術に基づき容易に発明をすることができたものというべく、本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の明細書の特許請求の範図1の記載は左のとおりである。
所定の長さの鋼板の先行端部をマンドレルで把持して鋼板全長がマンドレルに対して接線をなすように支持し、鋼板の先行端以外の残部を圧力手段によつてマンドレルに押圧せしめながらマンドレルを回転せしめて鋼板の先行部を半円筒形に曲げ、さらに鋼板の後行部と尾端部がマンドレルから離れるまで鋼板を進行せしめ、次いで鋼板の尾端部をマンドレルで把持し、再びマンドレルを回転せしめて鋼板の後行部を半円筒形に曲げ先行部と後行部とにより円筒形を形成するに際し、マンドレルを180°を越えて回転せしめて上記の半円筒形を成形し、次いでマンドレルと圧力手段との相対的上下方向位置を調整してマンドレルによる把持を解放して鋼板の曲げ部分をその弾性によつてより大きな半円筒形にもどし、両半円筒形の間に所定の溶接開先を形成し、そのままの状態で溶接に適した円筒体を得ることを特徴とする円筒形物品の圧延方法。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面(二) 省略
別紙図面(三) 第1図~第11(F)図 省略
<省略>
(以下省略)